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テレまめ

「この物語はフィクションです。」の注意書き

ドラマやアニメのエンディングで必ず、

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

と出ますね。

どうやら、入れなければならないという規定があるワケではなく、制作方が自主的に入れている一文だそうです。よくCMで、「これはCM上の演出です」とか「効果には個人差があります」などと、事前に言い訳しておくのと同じ意味合いのようですね。

世のネーミングのバリエーションにはある程度限界がありますので、似通った名前や、あるいは全く同じ名前の個人や団体が登場することもあるでしょうから、場合によっては「これはアノ人のことなのか?」と思い込んでしまう人もいるかも知れないとの配慮なのでしょう。

噂によれば、この注釈を入れるようなきっかけとして、「ドラマ上の暴力団が実在の某企業と同名だった」「思い込みの激しい視聴者から“これは自分のことだ”とクレームがあった」などという実例があったとかなかったとか…。

千円札の肖像画の野口英世も、ある小説の主人公の生き様と名前があまりにも自分に似ていて、自分をモデルにされていると思い込んだために自分の名前を「英世」に改名したという経緯があるようですし、ドイツの「ベルリンの壁」も、崩壊の最初のきっかけは、勘違いと思い込みだったそうで、そうなると思い込みは人間の特権でもあるかのようですね。

最新の思い込みを言いますと、作家の「池井戸潤」さんとお笑いコンビ・スピードワゴンの「井戸田潤」さんのお名前が似ているために、「“半沢直樹”の原作はお笑いタレントが書いた」と思い込んでいる方がいるとか!?

余談ですが、池井戸潤さんといえば現在放送中の「花咲舞が黙っていない!」の主人公・舞(杏)の勤務先と、「民王」の第1回で翔(菅田将暉)が面接に行く銀行が共に「東京第一銀行」で、フィクションとは承知しつつも「ん?どこかで聞いた名前だぞ」となってしまいました。

ちなみに「半沢〜」の銀行は東京中央銀行なのですが、合併前はやはり東京第一銀行でして、池井戸作品のメインバンクなんですね(笑)

「フィクションです」の一文には、仮想現実からホンモノの現実へリセットしてくれる効果も少なからずあるように思います。

以前放送されていたアニメ「銀の匙SilverSpoon」(北海道の農業高校を舞台に、酪農をテーマにした作品)でエンディングに出ていた注釈をご紹介しますと、

この物語はフィクションです。劇中に登場する個人名・団体名などはすべて架空のものですが、酪農については、食と命のかかわるテーマとして事実に基づいた表現を心がけています。モデルとなった場所や施設を訪問する行為は、動物の疫病を引き起こす等の原因ともなりえる危険な行為です。フィクションとしてお楽しみください。

と、実にいいことを喚起して下さっていました。ですが、これが悲しいのはエンディングの曲が終わった最期に一瞬だけ出てすぐに消えてしまう状態だったことです。

アニメファンならチャプター操作のために一時停止して、そこで熟読してくれるのを願うばかりですが、アニメに限らず、ドラマなどテレビに出た場所を「聖地巡礼」と称して訪れる人のマナー違反等も聞かれる昨今、伝えるべき注釈はもっと増えているような気がします。

現実と虚構の際どいラインを攻めることで生まれる疑似リアルですが、その駆け引きは実に微妙ですね。

※元記事:コラム「さっちゃんはね、テレビが大好きホントだよ♪」(テレビる毎日公式メルマガ[週刊・テレビる毎日]第753号)

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